1975年と2011年の違い

刑事ドラマ「俺たちの勲章」を観ている。時代は1975年、つまり昭和50年。舞台は横浜を主として関東近辺。

まず、みんながタバコをいたるところで吸っている。電車の客席には灰皿がある。そして火を点けるつけるのに必ずマッチを使っている。使い捨てライターってこの頃まだ無いのか。

携帯電話など、むろん無い。公衆電話がダイヤル式だ。家の電話は全部、電電公社の黒電話だ。駅の改札には駅員がいて切符に鋏を入れている。自動車はほとんどがマニュアル車で、しかも有鉛ガソリンだ。

ガード下や線路の周辺にバラックに毛が生えたようなスラム状の建物が暗い路地を挟んで並ぶ。普通のOLが住むようなアパートでも風呂なしで銭湯に行くのが当然。場合によっては内階段でトイレと台所は共同だ。

悪の社長が香港へ行くのに横浜から船を使っている。羽田‐香港の航空便が無かったのか、高かったのか。

2011年と比較して見れば、「何も無い」時代だったのだろう。だが、すべての登場人物が、被害者もそして加害者も、「いつか幸せになれる」ことを信じて、貧しいながらも必死で生きている、そして一攫千金のチャンスが来るのを、肉食獣の瞳で、息をこらして狙っている。

21世紀になって11年が過ぎようとしている。今の日本は、1975年よりも「いい国」だろうか? この国に暮らす人々に、努力は報われるはずだという 夢と、チャンスと、 希望を、この国のシステムは与えているだろうか? だが、国のシステムだけでなく、この国の人々は、1975年に必死に生きていた人たちのような「獲物を狙う肉食獣の瞳」を持っているだろうか? 俺自身も含めて。

狼に牙を。鷹に爪を。

俺は、肉食獣に戻る。

 

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DORO について

アルビレックス新潟とハードSFとメジャーなキャラクターじゃないぬいぐるみが好き。破れたハートを売り物にして生きてます。「つまらぬ、とるにたらぬやさしさから、自分の得たものをひとにゆずり、結局ふと気づいてみれば、ひとの世話だけやくものになっている、そんなばかなやつ(by 斎藤惇夫)」です。
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