俺の36番が帰ってくる

WELCOME BACK 菊地直哉。

J2から昇格して2年目の2005年、アルビレックス新潟は前年同様J1チームの攻撃を耐え切れない守備力の低さに苦しんでいた。そんなときにチームが シーズン途中で獲得したのが、2人の若手ボランチ、それが、当時アルビの若手有望株だったオリンピック予選で代表キャプテンを務めていた三田光から、その 座を奪った菊地と、オランダ帰りで出場停止が3試合未消化という、いっちゃなんだがどこの馬の骨かわからない千葉だった。
千葉は、2010年で例えると岩崎陽平のような立ち位置に終わったが、菊地は、数試合をあちこちのポジションで試験的に使われた後にカバーリング主体の センターバックというポジションを得、シーズン最後まで主力として戦い、見事にディフェンスラインの決壊を防いでくれた。

2006年にくだんのニュースが流れた時、俺の心には、「今年も新潟で選手をやらせてあげられていれば、こんなことにはならなかったのに」という、彼に対して申し訳ない気持ちが先に立っていた。

おそらく、2011年の開幕戦で、ゴール裏に人文字で菊地を歓迎するメッセージを出すことには、「それはゴール裏の総意ではない」と反対する人がいるだろう。
ならば、2005年を彼と一緒に戦ったサポーターの一人一人が、思いのこもったゲートフラッグを、1つずつ手作りして、それぞれがゴール裏で掲げりゃいいじゃないか。
全部デザインがばらばらの、それでいて全部に「おかえりなさい」を意味する言葉が書かれているゲーフラが、ゴール裏のあちこちで何十本何百本と掲げられる、それもまた新潟らしくて良いじゃないか。

おかえり菊地直哉。
この5年間、君に対する信頼が揺らいだことは無かったよ。

 

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DORO について

アルビレックス新潟とハードSFとメジャーなキャラクターじゃないぬいぐるみが好き。破れたハートを売り物にして生きてます。「つまらぬ、とるにたらぬやさしさから、自分の得たものをひとにゆずり、結局ふと気づいてみれば、ひとの世話だけやくものになっている、そんなばかなやつ(by 斎藤惇夫)」です。
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