背番号36の男

 2005年、J1に昇格して2年目、反町監督5年目、リーグ戦18試合終って6勝5分7敗の勝ち点23の時に、その男は、(言っちゃなんだがどこの馬の骨ともわからないオランダ帰りで出場停止3試合未消化の)千葉和彦とほぼ同時に、横浜FCへ移籍する山口素弘と入れ替わるようにアルビレックス新潟に期限付き移籍で加入した。俺達の三田光を軽く押しのけてオリンピック代表におさまった男だった。

 彼は、リーグ戦13試合、天皇杯2試合をスタメンで戦い、時に中盤で桑原や本間とダブルボランチを組み、時には4バックのDFラインを構成し、対人接触プレイでは若さと甘さを見せるものの、ポジション取りとカバーリングに長けたその能力を十二分に発揮し、J1残留が危険な状態だったアルビレックス新潟の窮地を救った。その貢献度はJ1初年度に途中加入した元ブラジル代表のオゼアスにも値した。

 リーグ最終戦で高橋直樹が引退し、チーム最古参のGK木寺の解雇と、反町監督との契約終了が発表された後の、この年の最後の試合、天皇杯のアウェイ磐田戦。海本慶治がイエロー2枚で退場し、後半44分に追いついて延長に持ち込み、延長前半10分に田中誠の野澤の顔を踏みつけてのゴールが有効と認められた時、間違いなく彼は本気で、魂を込めて新潟の為に闘っていた。

 そう、彼は俺達と共に戦い、俺達は彼と共に戦い、俺達と彼は共にアルビレックス新潟であった。

 いわば彼は俺自身だった。
 翌年、期限付き移籍元に戻った彼は、残念なことに、間違いを冒した(ことになっている、世間では)。
 だが、その間違いを何故俺が責められようか? なぜならば、それは、いわば、俺の間違いでもあるからだ。
 心を痛め、悲しみ、悔やみこそすれど。

 彼が、紆余曲折を経てJリーグに帰ってきた。
 俺は、何のためらいも無く、TVの画面に向かって、「よし、頑張れ!」と叫んでいた。

 菊地直哉、頑張れ。
 俺も頑張るから。
 それしか、信頼を取り戻す方法は無いから。

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DORO について

アルビレックス新潟とハードSFとメジャーなキャラクターじゃないぬいぐるみが好き。破れたハートを売り物にして生きてます。「つまらぬ、とるにたらぬやさしさから、自分の得たものをひとにゆずり、結局ふと気づいてみれば、ひとの世話だけやくものになっている、そんなばかなやつ(by 斎藤惇夫)」です。
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