鹿島戦を見ていてふと思った、J2の頃の守り方

反町監督時代の5年間は、ほぼ野澤が正GKとしてゴールを守っていたわけだが、鹿島戦を見ていてふと思った。
「野澤が正GKだった時って、もっと枠内にシュートを打たれてたよな。
もっと正確に言うと、DFはがっつり引いてシュートコースを限定して、野澤の能力を信頼して、シュートを打たせて野澤が処理するのが基本だったよな。」
まあ、J1とJ2のシュートの速度と精度の違いとか、ウチのDF陣と相手の攻撃陣の相対的な能力差の違いとか、理由は色々あるんだろう。
要するに、あの頃は(表面的に見ると)、雨あられと飛んでくるシュートをことごとく野澤が止めていたのだ。
 
「ああ、ウチも(スペシャルじゃない)まっとうな守り方でゴールを守れるJ1仕様のチームになったんだなぁ」
と思った、対鹿島スコアレスドロー。
大丈夫。
俺たちの選手は強いよ。
だからサポーターはびびったり動揺したり批難したりせず、選手とスタッフを信じて応援しよう。
 
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DORO について

アルビレックス新潟とハードSFとメジャーなキャラクターじゃないぬいぐるみが好き。破れたハートを売り物にして生きてます。「つまらぬ、とるにたらぬやさしさから、自分の得たものをひとにゆずり、結局ふと気づいてみれば、ひとの世話だけやくものになっている、そんなばかなやつ(by 斎藤惇夫)」です。
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鹿島戦を見ていてふと思った、J2の頃の守り方 への2件のフィードバック

  1. hama より:

    J1とJ2だとミドルの精度とクロスの精度がかなり違ったと思う。昇格直後、ウチはミドルからガンガンやられてたもん。J2のは野沢の能力ってより「相手のミス」を計算した守り方だったのではないでしょうか?

  2. DORO より:

    おお、コメントが付いたよ(・_・)>hama> 野沢の能力ってより「相手のミス」を計算した守り方それには同意。「当時の野澤でも」J2レベルならあれだけ打たせても入らない(止められる)確率のほうが高いって事だったように思っている。いろんな意味であのタイミングでの鈴木監督就任は正解だったなぁと。せっかくJ1で生き残ってきたんだから、10年間の苦労が無になるような残り3試合にはさせないぜ。

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